平成14年7月29日(月)開催
財団法人 日本開発構想研究所 創立30周年記念講演とシンポジウムの記録

≪日本再生、都市再生への提言(案)≫

2002.9.12

大学改革と都市・地域の再構築
−日本再生、都市再生への提言(案)−

T 『知』の時代の都市再生

−大学改革の推進と都市・地域の再構築の連携−

我が国の経済・社会構造は現在大きな転換点を迎えている。あるいは、危機に直面しているといった方が正しいかもしれない。「世界の工場」の地位を中国に明け渡していく中で、我が国の寄って立つ基盤は、国民一人一人の知識、知的な水準にかかっており、また、地球環境問題を含むクオリティオブライフを求める人々の欲求にかかっているといっても過言ではない。

つまり、国民一人一人の知識、知的な水準の向上が、国際競争力を有する新しい産業の地平を切り開き、我が国の国際的なプレゼンスを高めることを可能とする。そして、国民一人一人の知識、知的な水準に裏打ちされたクオリティオブライフを求める人々の欲求が、快適で、美しく、多様な欲求に答えうる都市・地域を求め、それが国内の新しい需要、生活を豊かにする新しい産業を生み出すことになる。

国民一人一人の知識、知的な水準の向上については、これまでも主として大学等高等教育機関が担っており、今後もその役割を担うことが期待されている。地球環境問題を含むクオリティオブライフを求める人々の欲求は、都市の再生、都市の再構築の中で満たされていかねばならない。

今、大学等高等教育機関の置かれている環境は厳しさを増している。すでに18歳人口が減少期に入り、私学の定員割れが1/2強に及ぶ中で、大学の生き残り競争は本格化しており、特色ある大学の形成や大学の格付け・役割を明確化する動き、それに、大学間の合従連衡などが本格化している。その中で、従来のように高卒世代のみを対象にするのではなく、社会人や留学生も含めた新たな需要を掘り起こしていく必要が生じている。

国からは、これまでの人材育成、国民の知識、知的な水準の向上という役割に加え、最近では、労働力の調整、産業間の再配分、職業再訓練といった役割も期待されている。

地域側からも大学に対しては、「地域に開かれた大学」「地域への寄与・貢献」を求める声が高まる中で、既存産業の強化、新産業の創出、文化、コミュニティの形成といった側面で本格的な産・学・地域間の連携の形成を図っていく必要にせまられている。

大学は、本来、研究と教育とサービスの3つの機能を有しており、この3つが相互に連携し、循環することによって知的流通が活発化し、知的水準の高度化が図られることになる。その意味で、大学の今後の基本戦略、将来ビジョンとしては、国立大学、公立大学、私立大学、短期大学それぞれによって目標は異なるものの、それぞれに共通して「地域との連携の強化」をベースに、3つの機能の高度化を図っていく必要がある。

本来、大学と都市とは密接不可分で、都市の発展には大学が不可欠であり、大学の発展には都市が不可欠である。西洋の諸都市では、大学が都市をつくり、都市が大学を育んできた事例は多い。

都市に対して、大学が一番貢献できる役割は、文化の象徴であるということあり、人間の心を豊かにする役割を担う機関であるということである。また、直接的には、産業との連携等により、地域の活性化の源にもなりうる。

大学にとっては、都市や地域社会のニーズに的確に対応することによって、知的流通の活発化、知的水準の高度化が図られ、大学の使命を全うすることが可能になる

今後わが国は、本格的な脱工業社会を迎え、情報社会、「『知』の時代」を迎えることになると見られるが、そうした時代の都市再生には、これまで以上に文化の視点、人間の心を大事にする視点が重要である。文化の象徴であり、人間の心を豊かにする役割を担う大事な機関である大学は、『知』の時代の都市再生に欠かすことはできない。

現今の低迷する経済情勢を脱し国民経済の健全な発展につなげるために、主たる経済社会活動の展開の場である都市の活力や魅力を緊急に取り戻す必要があるとの認識のもと、「都市再生特別措置法」が制定されており、また、首都圏・近畿圏の既成市街地・既成都市区域における工場、大学立地を規制してきた「工業(場)等制限法」が撤廃されている。

首都圏整備法、近畿圏整備法に基づく政策区域

これら現在の都市再生の議論は、主に大都市圏での都市活力の再生に向けた市街地整備や機能の再編に力点が置かれているが、今後は地方圏での中枢、中核、中心都市における都市活力の再生、なかんずく衰退した中心市街地活性化等への対応も緊急の課題となると考えられる。

大学の側では、社会人等の新たな需要を掘り起こしていく必要や産学の連携を図る必要から、その手段として、社会人教育や新産業創出に向けて、都市の中心部や交通至便な市街地に一部の機能を立地させる‘大学の都市中心部回帰現象’が顕在化しつつある。

このように、昨今の大学の経営改革ニーズと都市・地域の再構築及び産業振興上の要請、そして、そもそもの地域社会の『知』の拠点としての大学の役割から、大学を都市中心部に立地させることが求められるが、その立地を、都市再生という政策目標と合致した効果的なものとするためには、立地が求められる大学の役割や機能を明確にしつつ、大学の立地を制約している要因の除去や立地を促す支援措置、大学立地に関連づけた市街地整備、交通網整備や文化・コミュニティ施策の展開の方向性などについて、都市政策、文教政策及び産業政策の枠を越えた総合的な見地からの検討を行う必要がある。

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 具体的な施策の提案

1.産業クラスターと連携した知的クラスターの充実

既に、大都市圏、地方圏を問わず、大学の研究機能を組み込んだ産業クラスター、知的クラスターの形成についての提案がなされており、事業化の進んでいる事例も数多く見られる。ここでは、これまでの産業クラスター、知的クラスターのコンセプトに加え、多様な人材の育成、大学の教育機能に焦点をあてた知的クラスターの充実についての提案を行う。

(1)知的クラスターにおける人材育成機能の充実

○大学院レベルから、リサーチャーレベルまでの人材を全部まとめて育成するような人材育成機能(複合的、有機的な連関を有する学の集合体)を形成する。新しく形成される専門職大学院やこれまでの専門学校等をも包含し、地域・産業の多様な人材ニーズに答えるとともに、クラスター内での人材の循環によって、効率的な人材育成が行え、かつ、学ぶものにとって多様な選択が可能となるような集積と仕組みを構築する。
○この人材育成機能、学の集合体は、情報技術をフルに活用し、『知』の時代にふさわしいネットワーク型の形態をとることになると考えられるが、それでも、中心となる施設(交流施設等)は、交通利便性の高い都市中心部に立地することが望まれる。場合によっては、既存の大学周辺、あるいは、産業クラスター周辺に形成することも考えられる。

(2)人材育成機能を強化した知的クラスターと産業クラスターの連携

○こうして形成される人材育成機能を強化した知的クラスターと産業クラスターとを密接に連携させる。教える人として産業クラスターの研究者を積極的に活用し、学ぶ側は産業クラスターで働きながら学ぶ(OJT)。あるいは、産業クラスターで働いている人が、更なる技術等の向上を目指し知的クラスターで再び学ぶ。
○産業クラスターは、大学発ベンチャー等を中心に、大学の周辺で形成される場合もあるが、一般的には、既存の産業集積地に近接して形成されるか、新しい研究開発等を目的とした研究開発団地内に形成されることになる。大学が積極的に、既存の産業集積地に産学の連携等を目的とした研究拠点、研究室等を設け、既存産業の高度化、新産業の創出等に寄与していくことが求められる。
○産業クラスターとしては、比較的大規模な未利用地(5〜10ha超、例えば、大都市圏の臨海部等)において、学+産+官の研究・開発・交流及び起業化支援拠点群を形成することが考えられる。

(3)知的クラスター形成の推進方策

 1)知的クラスター形成に必要となる規制緩和、公的支援等

○大学等によるネットワーク形成、施設設置への公的支援、助成
○大学立地(特定学科、研究所)に係る規定(Ex.本キャンパスから1時間ルール、校地面積基準等)の緩和。大学設置基準の弾力的運用
○大学の借地(定期借地を含む)立地の特例
○構造改革・規制改革特区「知的特区」の創設

 2)整備手法等

○施設整備に証券化とPFI手法を導入
地方公共団体の施設を証券化により整備
○コミュニティボンド、コミュニティファンド等による整備資金の調達
○クラスターエリア全体の一体的エリアマネジメントシステムの導入
ex.エネルギーの相互授受

2.知的拠点である大学の多面的、広域的活用

大学は都市・地域と密接不可分の関係にあり、都市・地域の『知』の拠点として、大事な役割を果たしている。それと同時に、大学が有するフィジカルな資源(校地、施設等)も都市・地域の大事な資源である。ここでは、大学が有するフィジカルな資源をより多面的に活用する仕組み、また、『知』の拠点である大学をより広域で活用する仕組みを提案する。

(1)大学の多面的、広域的活用のイメージ

 1)大学の資源(校地、施設等)の地域開放

図書館連携、会議室、飲食施設、商業施設、宿泊施設等の地域開放、地域との共同利用
アカデミックパーク化・・・レクリエーション活動の場や観光資源等としての活用
○ネットワークの拠点、情報拠点としての各種施設の活用

 2)大学の広域的活用

フィールドスタディ(教育、福祉等)、実習、インターンシップ等を実施する地域の範囲の拡大
大学の先生や学生を、より広域の地域で活用
○ネットワークの拠点、情報拠点として、より広域の地域で活用
○より広域の地域での産学の連携(大学と地域産業の両者のニーズがマッチングしやすい)

(2)大学を多面的、広域的に活用することのメリット

 1)地域にとっては、既存資源の有効活用

○大学の資源(校地、施設等)を有効活用し、市民の多様なニーズに効率的に答える。
○近接した地域で、新たに大学を設立するとすると多大の費用がかかり、2重投資になる恐れがある。18歳人口が減少する中で、設立後の運営も問題である。むしろ既存の大学を広域で活用することが望ましい。

 2)大学にとっては、地域との共生の新しい姿、
   より広域の地域から支えられることによるメリットの存在

○校地、施設等の地域開放に伴う地域からの支援措置の拡大、地域開放を前提とした地域との共同による施設整備
○アカデミックパーク化に伴う新たな補助金の導入(公園整備、農場整備等)の可能性
○より広域の地域から支えられることにより、学生の募集、就職先の確保等に有利になる。

(3)大学を多面的、広域的に活用することを推進するための施策

○複数大学の広域連合化、共同事業実施、連携への支援措置
○大学をネットワークの拠点、情報拠点として活用する際の支援措置
○大学を多面的に活用することを推進する補助制度、地方財政措置
○大学を広域で活用することを推進する地方財政措置(交付税の算定基準の改定。市町村合併に際しての特例措置)
○大学を広域で利用する市町村内での公共交通ネットワークの充実
○地域と大学の共同利用施設、連携施設への支援措置

3.大学と地域の共同による知的文化拠点の形成

−大学間の連合、連携に寄与する施設と公的施設等の融合による知的文化拠点の形成−

国及び地方の財政状況が逼迫しており、地域にある資源の有効活用、効率的、複合的利用が求められている。ここでは、特に、地域に眠っている個人資産や人的資源等を活用して、大学と地域の共同による知的拠点の形成−大学間の連合、連携に寄与する施設と公的施設等の融合による知的文化拠点の形成−を提案する。

(1)知的文化拠点の施設、機能イメージ

○交通の便の良い場所(都市中心部等)において大学が共同で利用する「サテライト・キャンパス」や「情報交流センター」を設置する。
○1.で提案した知的クラスターを組み込むことも考えられる。
○地域側は、生涯学習拠点やNPO、ボランティアの活動拠点等を設ける。
○複数の大学と地方自治体が共同して設置
○情報ネットワークの構築や学生の移動(交通)への公的支援

(2)知的文化拠点の立地イメージ

 1)知的文化拠点を設置する都市のイメージ

@大都市圏の中の都心、あるいは、周辺の拠点となる都市の中心部
大学コンソーシアム京都(京都駅前)、多摩45大学のサテライト・キャンパス構想(立川)、知多ソフィア・コンソーシアム(名古屋)等
A既に複数の大学、高等教育機関が立地している人口30万以上の集積のある都市(中枢、中核都市)
広島での計画、地域連合による地域間競争
B上記より規模の小さい中心都市
中心都市の場合は、大学連合の施設だけであるよりは、郊外部に立地した大学施設の一部と専門学校、地方自治体が連携した施設の都市中心部等への立地が考えられる。

 2)都市中心部での駅前、
   中心市街地の空閑地(大型店跡地、小中学校跡地等)の活用

○市が用地を取得後に市と大学(郊外立地キャンパス有り)が共同ビルを建設し運営
上記情報交流センターのミニ版、TMO他ボランティアセンターとしても機能
○コミュニティバス等の運行(大学−駅前)への助成

(3)知的文化拠点形成の推進方策

 1)サテライト・キャンパス等の立地に必要となる規制緩和

○大学立地(特定学科、研究所)に係る規定(Ex.本キャンパスから1時間ルール、校地面積基準等)を緩和。大学設置基準の弾力的運用
○借地(定期借地を含む)立地の特例。借家(定期借家を含む)に大学が立地する際の固定資産税(家主が納めている)の減免措置

 2)施設整備にあたっての提案

○共同ビル整備のための資金調達手法
=大学と地域が共同して持つ施設整備資金を、コミュニティボンド で調達
 地域に眠っている資金の掘り起こし
地元企業、篤志家による寄付の容易化(寄付金の税額控除枠の拡大)